野球の記録がここにある

野球に関する歴史や基本的な記録から知られざる記録まで、ありとあらゆる野球の情報を紹介します!(11月は平日:12・18時、土日:12・15・18時更新)

永久欠番

 

80年以上を誇るプロ野球の歴史上、2000本安打や200勝などといった大記録を残した選手よりも圧倒的に数少ない「永久欠番」とされた選手たち。
球団からの最高の栄誉を「永久欠番」という形で受けた偉大な選手たちを紹介します。

 

 

目次

 

黒沢俊夫(巨人)

背番号:4

制定日:1947年7月9日

 

沢村栄治(巨人)

背番号:14

制定日:1947年7月9日

 

藤村富美男(阪神)

背番号:10

制定日:1958年11月30日

 

西沢道夫(中日)

背番号:15

制定日:1960年3月15日

 

服部受弘(中日)

背番号:10

制定日:1960年3月20日

 

川上哲治(巨人)

背番号:16

制定日:1965年1月18日

 

金田正一(巨人)

背番号:34

制定日:1970年4月2日

 

杉山実(阪神)

背番号:11

制定日:1972年11月2日

 

長嶋茂雄(巨人)

背番号:3

制定日:1974年11月21日

 

山本浩二(広島)

背番号:8

制定日:1986年10月27日

 

衣笠祥雄(広島)

背番号:3

制定日:1987年9月21日

 

吉田義男(阪神)

背番号:23

制定日:1987年10月13日

 

王貞治(巨人)

背番号:1

制定日:1989年3月16日

 

イーグルス・ファン(楽天)

背番号:10

制定日:2004年12月17日

 

大社義規(日本ハム)

背番号:100

制定日:2009年2月1日

 

稲尾和久(西武)

背番号:24

制定日:2012年7月4日

 

黒田博樹(広島)

背番号:15

制定日:2016年11月1日

 

まとめ

野球界初の永久欠番となった選手は、1947年の黒沢俊夫沢村栄治(ともに巨人)。

1958年に永久欠番に制定された藤村富美男(阪神)の背番号10は、全永久欠番の中で唯一、球団創設から藤村ただ一人がつけた背番号です。

2004年には、イーグルス・ファン(楽天)が初めて不特定のファンのための永久欠番として制定されました。

また、日本ハム球団初代オーナーの大社義規(日本ハム)が野球殿堂入りを記念し、2009年に背番号100が永久欠番に制定されています。

「神様、仏様、稲尾様」として有名な稲尾和久の背番号24は、2012年に生誕75周年を機に西武の永久欠番として制定されました。

2016年には、日米で活躍した黒田博樹がチーム25年ぶりの優勝に貢献し、引退直後に背番号15が永久欠番に制定されました。

球団によっては「準永久欠番」や「代々受け継がれる番号」を設けたりなど背番号への扱いは様々ありますが、野球界に残した記録や記憶、功績を讃えて制定される「永久欠番」には他とは一線を画した重みがあります。
後世に残される偉大な背番号として、それぞれの選手の歴史とともに永く語り継がれてほしい記録です。

 

 

 

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