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永久欠番

 

80年以上を誇るプロ野球の歴史上、2000本安打や200勝などといった大記録を残した選手よりも圧倒的に数少ない「永久欠番」とされた選手たち。
球団からの最高の栄誉を「永久欠番」という形で受けた偉大な選手たちを紹介します。

 

 

選手 背番号 チーム 制定日
黒沢俊夫 巨人 1947年7月9日
沢村栄治 14 巨人 1947年7月9日
藤村富美男 10 阪神 1958年11月30日
西沢道夫 15 中日 1960年3月15日
服部受弘 10 中日 1960年3月20日
川上哲治 16 巨人 1965年1月18日
金田正一 34 巨人 1970年4月2日
杉山実 11 阪神 1972年11月2日
長嶋茂雄 巨人 1974年11月21日
山本浩二 広島 1986年10月27日
衣笠祥雄 広島 1987年9月21日
吉田義男 23 阪神 1987年10月13日
王貞治 巨人 1989年3月16日
イーグルス・ファン 10 楽天 2004年12月17日
大社義規 100 日本ハム 2009年2月1日
稲尾和久 24 西武 2012年7月4日
黒田博樹 15 広島 2016年11月1日

 

 


野球界初の永久欠番となった選手は、1947年の黒沢俊夫沢村栄治(ともに巨人)。

1958年に永久欠番に制定された藤村富美男(阪神)の背番号10は、全永久欠番の中で唯一、球団創設から藤村ただ一人がつけた背番号です。

2004年には、イーグルス・ファン(楽天)が初めて不特定のファンのための永久欠番として制定されました。

また、日本ハム球団初代オーナーの大社義規(日本ハム)が野球殿堂入りを記念し、2009年に背番号100が永久欠番に制定されています。

「神様、仏様、稲尾様」として有名な稲尾和久の背番号24は、2012年に生誕75周年を機に西武の永久欠番として制定されました。

2016年には、日米で活躍した黒田博樹がチーム25年ぶりの優勝に貢献し、引退直後に背番号15が永久欠番に制定されました。

 

球団によっては「準永久欠番」や「代々受け継がれる番号」を設けたりなど背番号への扱いは様々ありますが、野球界に残した記録や記憶、功績を讃えて制定される「永久欠番」には他とは一線を画した重みがあります。
後世に残される偉大な背番号として、それぞれの選手の歴史とともに永く語り継がれてほしい記録です。

 

 

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