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野球界の偉人⑧(中西太、金田正一、小川健太郎)

 

80年を超えるプロ野球の歴史には、数々の偉大な選手たちが存在します。
これからも語り継がれるべき、それぞれの時代を代表するスターの紹介第8弾です。
 

 

 

 

中西太(西鉄ライオンズ)

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怪童の異名を持った強打者。
・全盛期は短かったものの、現在も戦後最強打者の一人として名を推す人も多く、コーチとしても様々な球団で多くの打者を育てた名選手にして名コーチである。
・当時監督であった三原脩に口説き落とされ、1952年に西鉄ライオンズに入団。
・一年目から「5番・三塁」として111試合に出場し、打率.281、12本塁打、65打点で新人王を獲得。

・二年目には打率.314、36本塁打、86打点で本塁打王・打点王を獲得。合わせて36盗塁も記録し、史上3人目のトリプルスリーを達成。

・1962年には、29歳の史上最年少で監督に就任
「一部門がリーグ2位の二冠王」を通算4回記録している。これは王貞治の5回に次ぎ、長嶋茂雄の3回を上回る歴代2位の記録である。

 

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金田正一(国鉄スワローズ - 読売ジャイアンツ)

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通算最多勝利数通算最多奪三振数通算最多投球回数連続無失点記録を保持している。
・巨人に移籍後はV9の内、V1からV5に貢献。この際に付けていた背番号34永久欠番となっている。
・名球会の創設者であり、2009年まで理事長を務めていた。(現在は名球会からも退会)
17歳2カ月で最年少初ホームラン記録も保持している。
・2年目の1951年に敬遠サヨナラ暴投を記録。
・1957年8月21日に完全試合を達成。
・1958年6月5日に24歳で史上8人目の通算200勝を達成。この年は6月12日に「開幕から51試合目で20勝を達成」という驚異的なスピードで勝ち星を稼ぎ、さらにこの間に64回1/3連続無失点記録を樹立した。

 

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小川健太郎(東映フライヤーズ - 中日ドラゴンズ)

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アンダースロー初の沢村賞受賞者
背面投げを初めて行った投手である。これは1969年6月15日に当時絶好調だった王貞治に対して投球したものであった。
・1970年5月6日、オートレースで暴力団員と共謀して八百長を仕組んでいた容疑で逮捕される。6月3日に永久失格処分を受け、二度とマウンドに戻ることはなかった。

 

 

 

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