80年を超えるプロ野球の歴史には、数々の偉大な選手たちが存在します。
これからも語り継がれるべき、それぞれの時代を代表するスターの紹介第17弾です。
板東英二(中日ドラゴンズ)
・高校時代は夏の甲子園大会の1大会通算奪三振83を記録している。その年「延長18回引き分け再試合」が初めて適用されたが、このルールが導入されるきっかけを作ったのも板東である。
・史上2人目の一球勝利達成者(※日本人投手としては初)である。
・現役時代の通算成績は435試合に登板し、77勝65敗、防御率2.89である。
高木守道(中日ドラゴンズ)
・2代目「ミスタードラゴンズ」と呼ばれた名選手である。
・不動の二塁手として、盗塁王3回、ベストナイン7回(※二塁手史上最多記録)、
ダイヤモンドグラブ3回など数々のタイトルを獲得。
・21年間中日一筋でプレーし、背番号1は永久欠番になる予定だったが、本人の意向により辞退された。
・史上初となる「200本塁打&200犠打」を記録している。
柴田勲(読売ジャイアンツ)
・トレードマークの赤い手袋から「赤手袋の柴田」と呼ばれた。
・通算579盗塁は福本豊、広瀬叔功に次ぐ歴代3位の記録である(※セ・リーグ最多)。
・1962年に投手として入団し、開幕2戦目で初登板・初先発を果たすも結果を残せず打者へと転向する。
・打者転向と同時にスイッチヒッターとなり、1963年途中からレギュラーに定着する。
・1980年にはスイッチヒッターとしては史上初の2000本安打を達成する。
・2009年からは金田正一に代わって、日本プロ野球名球会の代表取締役社長に就任している。