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野球の記録がここにある

ここだけでしか見ることができない野球に関する様々な記録やデータ、歴史などを紹介します!(2017年4月からは毎日18時更新!)

野球界の偉人③(吉原正喜、服部受弘、川上哲治)


80年を超えるプロ野球の歴史には、数々の偉大な選手たちが存在します。

これからも語り継がれるべき、それぞれの時代を代表するスターの紹介第3弾です。

 

 

 


吉原正喜(東京巨人軍)

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巨人軍最高の捕手ともいわれる伝説の捕手。背番号は「27」。
・熊本県出身で、熊本工業時代は川上哲治とバッテリーを組み、甲子園で準優勝。
・1年目から正捕手となり、退団するまでの4年間すべてで規定打席に到達。この間、巨人は4連覇している。



服部受弘(中日ドラゴンズ)

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・中日ドラゴンズの永久欠番10
・黎明期のプロ野球において、主に捕手・投手・三塁手といった複数のポジションで活躍した。
・1941年には8本塁打を放ち、本塁打王を獲得。
・1949、1950年には投手としてそれぞれ24勝、21勝と2年連続で20勝を達成。
1952年8月2日の巨人戦では、2-5と3点ビハインドの6回表満塁の場面で代打に起用され、別所毅彦から逆転満塁ホームランを放ち、そのままマウンドに上がり勝ち投手になるという偉業を達成した
・守備位置別出場は、投手259、捕手173、三塁手73、一塁手27、外野手22、二塁手1、ほかにも代打などで300試合に出場している。

 

 

 


川上哲治(東京巨人軍)

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打撃の神様球界のドン
・「甲子園の土を持ち帰る」のを最初に行った人物とされている。
・低い弾道で弾丸のように鋭く飛んでいく打球は「弾丸ライナー」と命名された。
・1956年にプロ野球史上初の2000本安打を達成。(※1646試合での到達はNPB最速記録。)
・背番号16は巨人の永久欠番
・「ボールが止まって見えた」という有名な名言は、実際には小鶴誠(松竹)の発言であった。
監督を務めた14年間でリーグ優勝11回その全てで日本一となっている。

 


 

 

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