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野球の記録がここにある

ここだけでしか見ることができない野球に関する様々な記録やデータ、歴史などを紹介します!(2017年4月からは毎日18時更新!)

野球界の偉人① (黒沢俊夫、景浦将、藤村富美男)

 

80年を超えるプロ野球の歴史には、数々の偉大な選手たちが存在します。
これからも語り継がれるべき、それぞれの時代を代表するスターを紹介します。

 

 

 


黒沢俊夫(名古屋金鯱軍 - 大洋軍 - 東京巨人軍)

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・巨人の永久欠番
・巨人初のトレード獲得選手。
・ロイド眼鏡を中指で押し上げながら打席へ。
・1944年5月に近畿日本(南海ホークス)戦で史上初の1試合2本盗を記録(日本タイ記録)。

・本盗10個はプロ野球歴代2位の「ホームスチールの神様」である。

・腸チフスによって現役選手のまま永眠し、「私が死んだら巨人軍のユニホームのまま葬ってほしい」との遺言どおり球団葬が実施された。



景浦将(大阪タイガース)

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・元祖「二刀流」(三塁兼外野兼投手)。
・沢村栄治のライバル。
・1936年発足したばかりの大阪タイガースへ入団。
・1936年秋季、6勝0敗、防御率0.79を記録。
・1937年春季には打点王を獲得し、投手としても11勝、防御率0.93を記録。
・1937年秋季には首位打者、1938年春季には二度目の打点王に輝いた。
・その後は手榴弾の投げ過ぎにより肩を痛めてしまい、一塁手へとコンバートされた。



藤村富美男(大阪タイガース)

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・初代ミスタータイガース
・阪神の永久欠番10
物干し竿と呼ばれた通常のバットよりも長いもの(約94cm)を使用していた。
・長嶋茂雄が憧れた選手であり、藤村の影響で三塁手になったといわれている。
・日本プロ野球界初の本塁打王であり、シーズン本塁打数の日本記録を2度達成している。(1936年秋季:2本、1949年:46本)
ダイナマイト打線の四番としてチームを牽引。
・1948年10月2日の金星戦でプロ野球界初のサイクルヒットを達成。
・三塁手としてシーズン刺殺209(日本記録)、捕殺484(セ・リーグ記録)、併殺60(セ・リーグ記録)、守備機会728(日本記録)を保持している。
・1956年には兼任監督に就任し、代打ワシ代打逆転満塁本塁打も記録。

 

 

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